「ゲームの父・横井軍平伝」牧野武文(角川書店)

「ゲームの父・横井軍平伝ー任天堂のDNAを創造した男」を読みました。

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いまでこそ任天堂はコンピュータゲームの第一人者として業界をトップリードする存在ではありますが、任天堂はもともとは花札などの玩具を発明して販売する会社でした。

横井軍平ゲームボーイなどを開発したエンジニア)は同志社大学の電子工学部を出ましたが、落ちこぼれであった彼はなぜか、花札を作る会社に入社します。それが当時の任天堂です。電子工学の知識を花札作りの会社で活かせるのか、はてまた、任天堂自体も何のために電子工学の学生を雇ったのかはなぜですが、これが奇跡的な大躍進を遂げることになります。

当時の仕事はまだアナログ的なおもちゃの発明ということでした。ウルトラハンドというおもちゃは横井の発明です。

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このあとも、横井は様々な玩具の発明をします。

その中で重要なキーワードが「枯れた技術の水平思考」と呼ばれるものです。

枯れた技術の水平思考とは、最先端の技術ではなく既に評価の定まった安い技術を使って今までにない新しい使い方を見つけるというものです。

横井は電子工学の大学を出て、玩具屋メーカーで開発に携わりそうした思考法が芽生えていったのかもしれません。何でもかんでもスペックばかりをあげることに熱心になって、遊びの本質を見失ってしまうのは、今ゲームの世界で真剣に取り扱われる問題です。ゲーム・マニアに迎合するあまりに、通常より難しいゲームをつくり、また特定のゲーム・マニアにしか売れないという現象です。

横井は遊びにもほんの少しの実用性があるといいと説きます。それが任天堂DSの「脳トレ」ブームやwii fitなどのダイエット器具の発明になったのかもしれません。

 

ゲームの父・横井軍平伝  任天堂のDNAを創造した男

ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男

 

 

 

 

酒井邦秀「どうして英語が使えない?」ちくま学芸文庫

 ちくま学芸文庫の「どうして英語が使えない?」を読みました。

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今日の朝、突然飛騨高山の鍾乳洞に行きたいなと思いたち、切符売り場にいったのですが最速で予約なしの場合10時30分からの高速バスになりますといわれ、その時7時30分

仕方がなしにドトールで暇をつぶすかとアイス珈琲を飲みながら、この本を読んでいました。

速読癖のある私にとっては、なんとも実感を持ってよく分かる話でした。

文字を逐次的に読む人というのは、読むのが遅いし、内容を理解できないということがあります。文字や文章はあくまで内容を伝えるための手段にしか過ぎないので、そのブロックで何が言いたいかというのが伝われば文章としては成功です。

さて、本題です。本書は学校英語、特に辞書を利用した英語学習を批判します。

例えばの話「water」という単語があります。これは英和辞書で引くと水と訳しますが、実はそれは正確ではないのです。むしろこれは「液状のなにか」と言ったほうが良いかも知れません。英語の意味と日本語の意味を無理に一対一対応にしようとするとそうした誤訳がおきます。もしかしたらギリシャの自然哲学者タレスが「万物の根源は水である。」と考えたのも誤訳かもしれません。もしかしたら「液状のなにか」というのが正しい訳かもしれないのです。

また、英語の発音に関しても単語一つ一つで区切って考えるのも正しくはありません。英語の音は単語毎に発音されるものではないからです。

ことほど左様に、学校英語は機械的人工言語であって、英語で中身を伝えるための道具として機能していないという事です。これには思い当たる節があります。いくら英語を勉強しても、英語で伝えるだけの中身や人生経験がないと、言葉だけ立派で意識が高いだけの人になってしまう…という問題です。これは勉強ごと全般に言えます。勉強ごとというのは、あくまで表現と思考の手段であって、実生活に勉強が活かせなければなんの意味もないということです。

よくESLの教材なんかは英語圏で生活する非英語話者のための教材であって生活に役立てる機会がないと使い物にならないといいます。

本書でも、実践的な解決として、

英語の本をたくさん読むこと、英語の映画をみること、英語のゲームをやること

と言っています。

単語カードをガリガリ書いているより、楽しくやっていれば万事オーケーってこと。

 

 

どうして英語が使えない?―「学校英語」につける薬 (ちくま学芸文庫)

どうして英語が使えない?―「学校英語」につける薬 (ちくま学芸文庫)

 

 

「CURE」(黒沢清・1997)自明性の喪失

黒沢清監督出世作、傑作サスペンス・ホラーの「CURE」を観ました。

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「高部」刑事役の役所広司さんと催眠術師「間宮」役の荻原聖人さんの鬼気迫る迫真の演技と、なんとも張り詰めるような緊迫したスタイリシュな撮影技法に息を呑みます。

この映画解説やなんかはインターネットを探せばいくらでもあるんで、それはいいとして、私は間宮の複雑なパーソナリティがわかる気がします。間宮は武蔵野医科大学の精神医学科の学生という設定になっています。授業にも殆ど出ないで廃棄処理上場の住み込みバイトをしながらメスメリズム(催眠術)の研究をします。しかし、何がきっかけかはわかりませんが間宮自体が精神障害となり記憶障害を被ってしまいます。終始繰り広げられる間宮のなめ切った態度、人を苛立たせる話し方というのは作品の設定かもしれませんがわかる気がします。

わかるというのは、ある種の研究者的なパーソナリティを持つ人はこうした俗世を超越して舐めきった感じの言葉を使います(衒学的とは少し違います)ちょっとペースがぶっ飛んで飄々とした感じで浮き世離れした感覚です。それがうまく表現されているのでなんだかリアリティと恐怖が炙り出されるように表現されていたと感じました。

ある種の自明性の喪失というのがそうでしょうね。

人間には、もともと自明性と非自明性とのあいだの弁証法的な運動がそなわっている。疑問をもつということは、われわれの現存在を統合しているひとつの契機である。ただしそれは適度の分量の場合にかぎられる。分裂病者ではこの疑問が過度なものになり、現存在の基盤を掘り崩し、遂には現存在を解体してしまいそうな事態となって、分裂病者はこの疑問のために根底から危機にさらされることになる。分裂病者を危機にさらすもの、それは反面、われわれの実存の本質に属しているものである。だからこそ分裂病はとりわけ人間的な病気であるように思われるのである。

www.msz.co.jp

 

CURE

CURE

 

 

 

自明性の喪失―分裂病の現象学

自明性の喪失―分裂病の現象学

 

 

世界遺産「ヴェルサイユ宮殿」National Geographic

National Geographicの世界遺産ヴェルサイユ宮殿」を観ました。

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フランス、パリの絢爛豪華なヴェルサイユ宮殿は18世紀にルイ14世が建築しました。

本ドキュメンタリーでは400年前の建物である宮殿の、経年劣化による修復をする数々の職人たちの話となっています。

しかもその職人たちは、今の技術ではなく当時の技術を再現して修復に当たります。

私は金箔士の話が面白かったです。

非常に繊細である金をつかった装飾は、高い技術、繊細さ、それだけでなく忍耐力が必要であるというメッセージは重厚な重みを感じさせます。

このドキュメンタリーは宮殿の花火大会に向けての公開準備の話となっています。

かつては貴族しか入ることの許されなかった宮殿に世界中の観光客が押し寄せます。そしてそれらを運営するスタッフは僅かなミスも許されない緊迫した雰囲気の中、完璧主義的に念入りに仕事をするしています。

ヴェルサイユ宮殿は当時の様子を再現するために、数々の職人、学芸員によって支えられているのでした。

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BBC Earth(2007 映画版)

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2007年に公開されたイギリス国営放送(BBC)のドキュメンタリー映画「EARTH」を途中まで見ました。私は動画を見るのが苦手なのですが、全部観れました。

ほとんど寝てばっかりの人だったので自然を浴びて(?)よかったです。世界の各地で5年がかりを書けて撮影したらしく、NHKの自然ドキュメンタリー映画「PLANET EARTH」でも一部の映像が使われているようです。

象やライオン、鳥やアザラシ、北極から赤道の熱帯雨林、砂漠まで世界各地を最先鋭の撮影技術を使って瞬間を逃しません。


映画「アース」予告編

でも、私の動画苦手は度を越したものがあって、5分のMV(ミュージックビデオ)を見るのがやっとという感じなので、英語版でよかったのかなぁとちょっと考えましたがAmazonプライム動画で全部観れました。日本語版は渡辺謙さんがナレーションをしているそうです。

 

 

アース (吹替版)

アース (吹替版)

 
アース (字幕版)

アース (字幕版)

 

 

儲けるということを考えずに書く

書くことを続ける上で大切なことは、儲けようとしないことです。

金銭的な見返りを求めずにやる。行動経済学の用語にアンダーマイニング効果というものがあります。

内発的動機づけによって行われた行為に対して、報酬を与えるなどの外発的動機づけを行うことによって、動機づけが低減する現象をいう。 例えば、好きでしていた仕事に対して褒美を与えると、褒美なしではやらなくなってしまう、などの現象。

アンダーマイニング効果(あんだーまいにんぐこうか)とは - コトバンク

 とにかく、書くこと自体が楽しくて、気晴らしになるという状態が大切です。

これは仕事のモチベーションについても同じです。外発的な動機づけ。世間体や誰かから褒められるとか報酬がいくらかとか、まずそうした経済的な損得を打ち捨てるべきです。やっててたのしいこと。続けられそうなことをやる。そのためには外発的動機づけでも負の動機づけにも気をつけなければなりません。ついつい本格的に始めようとして色々なものを購入して本格的に始めようとしてしまう。私は確かにアフィリエイトリンクを貼りますが、できれば本などを購入するのははじめのうちは控えたほうが良いと思います。なぜなら、本を買って儲けようとするということは

[本から得られる収益]ー[本を購入した費用]=「利益」

という構造が頭に刷り込まれるからです。本を読むのはそれ自体が愉しいからと言うときに留めるのが一番良いと思います。だから収益を得ようとして本を買うようになると

儲からなければ本を買うだけ損だと思うようになります。しかし、本を読むことにより外発的にではないにせよ内面の世界は豊かになるはずで発想も知らず知らずのうちに豊かになります。だから繰り返し書きます。

「儲けるということを考えずに書く」

 これが大事なのです。

 

行動経済学まんが ヘンテコノミクス

行動経済学まんが ヘンテコノミクス

 

 

文章作成技法

文章を書くために、陥りがちなパターンとして、単なる書籍の書き写しになるパターンがあります。これではいくら頑張っても文章は上達しません。

ライティングにおいて、コスト意識を持つならばできる限り書籍を使わないということが大切です。

では、どうしたら書けるようになるのか。これは思いつくまままにあたって砕けるかのように書き続けるしかありません。本当にそれだけなのです。

良い文章とは①自分にしか書けない文章を②誰にでも読めるように書くことといいます。

はじめは短い文章を書くことだけを考えましょう。400字くらいです。そのための題材はなんでもいいのです。

本を一冊読んでも本から書き写すのではなくて思いついたことをつらつらと書いていきます。本だけじゃなくて題材は、漫画や映画、ゲームや旅行記、グルメ記事なんでもいいです。

たたこれだけのことを毎日繰り返します。はじめは「こんなのでいいのかな?」と思うかも知れませんが。ノウハウ本をたくさん読むことよりも、文章を沢山書き写すことよりもまず、思いつくままに自然に書くことを心がけると良いでしょう。

 

文章表現400字からのレッスン (ちくま学芸文庫)

文章表現400字からのレッスン (ちくま学芸文庫)